2007年02月04日

竹久夢二「日輪草」

今回はいつもと同じ音量で録音しましたが、マイクを変えたため、ねむたいろーどくでは大きな音で録音可能です。

もうちょっと、大きめの音で録音した方が聴き易いよね???
ご意見お待ちしていますw

また今回も噛んだり間違えて読んだりしてますが、勘弁してwww





日輪草
日輪草は何故枯れたか
竹久夢二



 三宅坂の水揚ポンプのわきに、一本の日輪草が咲いていました。
「こんな所に日輪草が咲くとは、不思議じゃあありませんか」
 そこを通る人達は、寺内(てらうち)将軍の銅像には気がつかない人でさえ、きっとこの花を見つけて、そう言合いました。
 熊吉(くまきち)という水撒(みずまき)人夫がありました。お役所の紋のついた青い水撒車を引張(ひっぱ)って、毎日半蔵門の方から永田町へかけて、水を撒いて歩くのが、熊さんの仕事でした。
 熊さんがこうして、毎日水を撒いてくれるから、この街筋の家では安心して、風を入れるために、障子を明けることも出来るし、学校の生徒たちも、窓を明けておいてお弁当を食べることが出来るのでした。
 熊(くま)さんは、情(なさけ)深い男でしたから、道の傍(そば)の草一本にも気をつけて、労(いた)わるたちでした。
 熊さんはある時、自分の仕事場の三宅坂の水揚ポンプの傍に、一本の草の芽が生えたのを見つけました。熊さんは朝晩その草の芽に水をやることを忘れませんでした。可愛(かあ)いい芽は一日一日と育ってゆきました。青い丸爪(まるづめ)のような葉が、日光のなかへ手をひろげたのは、それから間もないことでした。風が吹いても、倒れないように、熊さんは、竹の棒をたててやりました。
 だが、それがどんな植物なのか、熊さんにはてんで見当がつきませんでした。円い葉のつぎに三角の葉が出て、やがて茎の端に、触角のある蕾(つぼみ)を持ちはじめました。
「や、おかしな花だぞ、これは、蕾に角が生えてら」
 つぎの日、熊さんが、三回目の水を揚げたポンプのところへやってくるとその草は、素晴らしい黄いろい花を咲かせて、太陽の方へ晴晴(はればれ)と向いているのでした。熊さんは、感心してその見事な花を眺めました。熊さんは、電車道に立っている電車のポイントマンを連れてきて、その花を見せました。
「え、どうです」
「なるほどね」ポイントマンも感心しました。
「だが、なんという花だろうね、車掌さん」熊さんはききました。
「日輪草(ひまわりそう)さ」車掌さんが教えました。
「ほう、日輪草というだね」
「この花は、日盛りに咲いて、太陽が歩く方へついて廻(まわ)るから日輪草って言うのさ」
 熊さんはもう嬉(うれ)しくてたまりませんでした。熊さんは、永田町の方へ水を運んでいっても、早く日輪草を見たいものだから、水撒車(みずまきぐるま)の綱をぐんぐん引いて、早く水をあけて、三宅坂へ少しでも早く帰るようにしました。だから熊さんの水撒車の通ったあとは、いくら暑い日でも涼しくて、どんな風の強い日でも、塵(ほこり)一ツ立ちませんでした。
 太陽が清水谷(しみずだに)公園の森の向うへ沈んでしまうと、熊さんの日輪草も、つぼみました。
「さあ晩めしの水をやるぞい。おやお前さんはもう眠いんだね」
 熊さんはそう言って、首をたれて寝ている花をしばらく眺めました。時によると、日が暮れてずっと暗くなるまで、じっと日輪草をながめていることがありました。
 熊さんのお内儀(かみ)さんは、馬鹿(ばか)正直なかわりに疑い深いたちでした。このごろ熊さんの帰りが晩(おそ)いのに腹をたてていました。
「お前さんは今まで何処(どこ)をうろついていたんだよ。いま何時だと思っているんだい」
「見ねえな、ほら八時よ」
「なんだって、まああきれて物が言えないよ、この人は、いったいこんなに晩(おそ)くまでどこにいたんだよ」
「三宅坂よ」
「三宅坂だって! 嘘(うそ)を言ったら承知しないよ。さ、どこにいたんだよ、誰(だれ)といたんだよ」
「ひめゆりよ」
「ひめゆり! ?」
 熊(くま)さんは、日輪草(ひまわりそう)のことを、ひめゆりと覚えていたので、その通りお内儀(かみ)さんに言いました。それがそもそも事の起りで、熊さんよりも、力の強いお内儀さんは、熊さんを腰の立たないまで擲(なぐ)りつけました。
「草だよ、草だよ」
 熊さんがいくら言訳をしても、お内儀さんは、許すことが出来ませんでした。
 翌日(あくるひ)は好(い)い天気で、太陽は忘れないで、三宅坂の日輪草にも、光と熱とをおくりました。日輪草は眼(め)をさましましたが、どうしたことか、今日は熊さんがやって来ません。十時になっても、十二時が過ぎても、朝の御馳走(ごちそう)にありつけませんでした。日輪草は、太陽の方へ顔をあげている元気がなくなって、だんだん首をたれて、とうとうその晩のうちに枯れてしまいました。





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底本:「童話集 春」小学館文庫、小学館
   2004(平成16)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「童話 春」研究社
   1926(大正15)年12月
入力:noir
校正:noriko saito
2006年7月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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2007年01月28日

竹久夢二「最初の悲哀」





最初の悲哀
竹久夢二



 街子(まちこ)の父親は、貧しい町絵師でありました。五月幟(ごがつのぼり)の下絵や、稲荷(いなり)様の行燈(あんどん)や、ビラ絵を描(か)いて、生活をしているのでありました。しかし、街子はたいそう幸福でした。というのは、父親は街子を、このうえもなく愛していたし、街子もまた父親を世の中で一番えらくて好(い)い人だと思っていました。母親が早くなくなったので、街子は小学校を卒業すると、家(うち)にいて、父親のため朝夕の食べものをつくったり、洗濯をしたり、夜おそく父親が仕事をするときに、熱いお茶を入れたりしました。家の外を風が吹くように、貧しいことなどは、ちっとも苦労ではありませんでした。
 父親も街子も、ほんとに幸福(しあわせ)そうでありました。
 何よりも好(よ)いことに、街子は父親の仕事を好きなばかりでなく、父親の技倆(ぎりょう)を尊敬さえしていたことです。
 ところが街子にとって、容易ならぬ悲(かなし)みが一つ出来たのであります。それは稲荷様の祭の日のことでありました。毎年の習(ならい)で、ことしも稲荷(いなり)様の境内から町内の掛行燈(かけあんどん)の絵は、みんな街子(まちこ)の父親が描(か)いたのです。地口行燈と言って、おどけた絵に川柳など添えてかいてあるもので、通る人は一つずつそれをよんで見て喜んでいました。仕立おろしのセルをすらりときた若い奥様に、「どうだ、愉快だね。こんな風な絵は国宝だよ」そう言って見てゆく旦那(だんな)様もありました。
 街子はそれをきいてこのうえもなく幸福(しあわせ)で、「それはあたしの父さんが描いたんですよ」そう言いたいほどでした。
 ところが街子とおんなじ年に小学校を出て、いまは女学校へ上(あが)っているお友達が三人、やはり地口行燈のまえに立っていました。街子はなつかしくて傍(そば)へよってゆきました。するとその時、三人はどっと笑い出しました。
「なんて古くさい絵でしょう」
「馬鹿(ばか)にしてるわ」
「この眼(め)はどうでしょう」
 そんなことを言いながらまたころげるように笑っていました。
 それを聞いた哀れな街子は、人の影へかくれるようにしながら、家(うち)の方へ駈(か)け出しました。それが街子の最初の悲(かなし)みでありました。





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底本:「童話集 春」小学館文庫、小学館
   2004(平成16)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「童話 春」研究社
   1926(大正15)年12月
入力:noir
校正:noriko saito
2006年7月2日作成
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2007年01月07日

竹久夢二「夜」





竹久夢二



 日が暮れて子供達(たち)が寝床へゆく時間になったのに、幹子(みきこ)は寝るのがいやだと言って、お母様を困らせました。
「さあ、みっちゃんお寝(やす)みなさいな。雛鳥(ひなどり)ももうみんな寝んねしましたよ」
 お母様は、幹子に寝間着を着せながら仰言(おっしゃ)いました。
「みっちゃんが夕御飯たべてる時に、親鳥が コ コ コ って言って雛鳥を寝かしていましたよ」
「だってあたし眠くないんですもの」
「山の小鳩(こばと)も、もう親鳩(おやばと)の羽根の下へ頭をかくして コロ コロ コロ お休みって眠りましたよ」
「だってあたし眠くないの」
「赤い小牛は小屋の中で、羊の子は青い草の中で寝(ねんね)しましたよ」
 幹子は、柔かい気持の好(い)い寝床へ這入(はい)ったけれど、まだ眠ろうとはしませんでした。蒲団(ふとん)の中へもぐりこんで身体(からだ)をゆすりながらいやいやをしながらむずかりました。
 この時、寝室の窓からお月様が、にっこり覗(のぞ)きこみました。
「そら御覧!」
 お母様はお月様の方を指しながら仰言った。
「お月様がみっちゃんに「おやすみ」を言いにいらしたよ。まあお月様がにこにこ笑っていらっしゃる」
 お月様は、幹子の眼(め)のうちに輝いた。それは恰度(ちょうど)、「好(よ)い児(こ)のみっちゃんおやすみ」と言っているように見えました。
 幹子は、寝床の中からお月様の方を見あげて「お月様おやすみなさい」
 そう言って枕(まくら)に頭をつけて、お月様を見ながら、お母様の子守唄(こもりうた)をききました。

お月様の美しさ
天使のような美しさ

「母様! お月様は小羊も寝かしてやるの?」眠(ね)むそうな顔をした幹子がたずねました。
「ええお月様は小羊でも山の兎(うさぎ)でも寝(ねか)しておやんなさるよ」
 幹子(みきこ)の目蓋(まぶた)は、もう開けられないほど重くなって来ました。けれどお月様は、やっぱり窓からお母様や幹子の寝床を照(てら)しました。

東の森を出る時に、
お月様は何を見た?
青い牧場の小羊が、
親の羊の懐へ
そろりと這入(はい)って寝るとこと
好(よ)い児(こ)の坊やが母様と
寝(ね)んねするのを見ています。

 お月様は、にこにこしながら、子守唄(こもりうた)を歌うお母様と幹子とを見ていました。お母様もお月様のほうを見て笑っていらしたけれど幹子は何も見なかった。幹子はもうすやすやと眠ってしまったから。





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底本:「童話集 春」小学館文庫、小学館
   2004(平成16)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「童話 春」研究社
   1926(大正15)年12月
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校正:noriko saito
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2006年12月21日

竹久夢二「風」






竹久夢二



 風が、山の方から吹いて来ました。学校の先生がお通りになると、街で遊んでいた生徒達(たち)が、みんなお辞儀をするように、風が通ると、林に立っている若い梢(こずえ)も、野の草も、みんなお辞儀をするのでした。
 風は、街の方へも吹いて来ました。それはたいそう面白そうでした。教会の十字塔を吹いたり、煙突の口で鳴ったり、街の角を廻(まわ)るとき蜻蛉(とんぼ)返りをしたりする様子は、とても面白そうで、恰度(ちょうど)子供達が「鬼ごっこするもん寄っといで」と言うように、「ダンスをするもん寄っといで」といいながら、風の遊仲間(あそびなかま)を集めるのでした。
 風が面白そうな歌をうたいながら、ダンスをして躍廻(おどりまわ)るので、干物台のエプロンや、子供の着物もダンスをはじめます。すると木の葉も、枝の端で踊りだす。街に落ちていた煙草(たばこ)の吸殻も、紙屑(かみくず)も空に舞上(まいあが)って踊るのでした。
 その時、街を歩いていた幸太郎(こうたろう)という子供の帽子が浮かれだして、いつの間にか、幸太郎(こうたろう)の頭から飛下りて、ダンスをしながら街を駆けだしました。その帽子には、長いリボンがついていたから、遠くから見るとまるで鳥のように飛ぶのでした。幸太郎は、驚いて、「止れ!」と号令をかけたが、帽子は聞えないふりをして、風とふざけながら、どんどん大通りの方までとんでゆきます。
 一生懸命に、幸太郎は追っかけたから、やっとのことで追いついて、帽子のリボンを押えようとすると、またどっと風が吹いてきたので、こんどはまるで輪のようにくるくると廻(まわ)りながら駆けだしました。
「坊ちゃん、なかなかつかまりませんよ。」
 帽子が駆けながらいうのです。
 すると、こんどは大通(おおどおり)から横町の方へ風が吹きまわしたので、幸太郎の帽子も、風と一しょに、横町へ曲ってしまいました。そしてそこにあったビール樽(たる)のかげへかくれました。
 幸太郎は大急ぎで、横町の角まできたが、帽子は見つかりません。
「ぼくの帽子がないや」
 幸太郎は、もう泣きだしそうになって言いました。帽子をつれていった風も、幸太郎を気の毒になってきて、
「坊ちゃん、私が見つけてあげましょう。」
 そういって、ビール樽のかげの帽子のしっぽを、ひらひらと吹いて見せました。幸太郎は、すぐ帽子のある所を見つけました。
「万歳!」
 幸太郎は、帽子の尻尾(しっぽ)をつかんで叫びました。
「風やい、もう取られないぞ!」
 幸太郎は、帽子のつばを両手で、しっかり握っていいました。
「ほう、ほう」風はそう言いながら、飛んで行きました。
 エプロンも、木の葉も、紙屑(かみくず)もまたダンスをしていたけれど、幸太郎の帽子はもうダンスをしませんでした。





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底本:「童話集 春」小学館文庫、小学館
   2004(平成16)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「童話 春」研究社
   1926(大正15)年12月
入力:noir
校正:noriko saito
2006年7月2日作成
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2006年12月07日

竹久夢二「朝」




竹久夢二



 ある春の朝でした。
 太陽は、いま薔薇色(ばらいろ)の雲をわけて、小山のうえを越える所でした。小さい子供は、白い小さい床(ベッド)の中で、まだ眠って居(お)りました。
「お起き、お起き」柱に掛った角時計が言いました。「お起き、お起き」そう言ったけれど、よく眠った太郎(たろう)は何も聞きませんでした。「私が起して見ましょう」窓に近い木のうえに居た小鳥が言いました。
「坊ちゃんはいつも私に餌(えさ)を下さるから、私がひとつ唄(うた)を歌って坊ちゃんを起してあげよう」

好(よ)い子の坊ちゃんお眼(め)ざめか?
寝た間に鳥差(えさ)しがさしにくる

 庭にいた小鳥がみんな寄って来て声をそろえて歌いました。それでも太郎はなんにも聞えないように眠っていました。
 海の方から吹いて来た南風(なんぷう)は、窓の所へ来て言いました。
「私はこの坊ちゃんをよく知ってますよ。昨日野原で坊ちゃんの凧(たこ)を揚げたのは私だもの。窓から這入(はい)って坊ちゃんの頬(ほっ)ぺたへキッスをして起そう」
 南風は、窓からカーテンをあげて子供の寝室へそっと這入っていった。そして太郎(たろう)さんの紅(あか)い実のような頬や、若い草のような髪の毛をそよそよと吹いた。けれど子供は、何も知らぬほど深く眠っていました。
「坊ちゃんは私が夜の明けたのを知らせるのを待ってらっしゃるんだ」
 庭の隅の鳥小屋からのっそのっそ自信のあるらしい歩調で出て来た牝鶏[#「牝鶏」は底本では「牡鶏」]《めんどり》が言いました。
「誰(だれ)も私ほど坊ちゃんを知ってる者はありませんよ。私ゃね、これで坊ちゃんに大変御贔屓(ごひいき)になってるんでさあ。どりゃひとつ夜明(よあけ)の唄(うた)を歌おう」

こっけこっけあどう。
東の山から夜が明けた
お眼(め)がさめたら何処(どこ)いきやる。
大阪天満の橋の下
千石船に帆をあげて。
こっけ、こっけ、あどう。

 牝鶏の朝の唄に驚いて、親鶏の翼の下に寝ていた黄いろい雛(ひな)も、軒の下の鳩(はと)も、赤い小牛も、牧場の小屋の中へ眠っていた小羊までが眼を覚(さま)しました。それでも太郎の眼は覚めませんでした。
 この時、太陽は小山を越えて、春の空に高く輝きました。草に結んだ露は夢からさめ、鈴蘭(すずらん)はいちはやく朝の鐘を鳴(なら)しました。草も木も太陽の方へあたまをあげて、歓(よろこ)びました。太陽はしずしずと森を越え、牧場に光を投げながら、太郎の家(うち)のお庭の方までやって来ました。そして窓のガラスを通して太郎の顔へ美しい光を投げました。すると太郎は、可愛(かあい)い眼をぱっちりと明けました。
「かあちゃん、かあちゃん!」お母様はすぐに太郎を見に来ました。
「坊や、お眼がさめたの。誰が坊やを起してくれたえ?」
 お母様がききました。けれど誰も答えるものはありませんでした。それは太郎も知りませんでしたから。





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   1926(大正15)年12月
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