2008年08月30日

ニコニコ動画

ニコニコ動画の方に3作品をうpしました。











すでに2作品、うpしてくださっていた方がいらっしゃいましたwww








ねむたいらじおは明日ですよ〜
明日の22:00〜ですよ〜
posted by うたたね at 22:24| Comment(0) | TrackBack(14) | ニコニコ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月29日

太宰治「待つ」





今回3作品うpしたわけですが、とうとう夢野久作さん&竹久夢二さん以外の作家さんが登場です。

単に、短い作品を探していたらこうなっただけなんですがw

読み間違えがあるかと思いますが、ご容赦願いますw



待つ
太宰治



 省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。
 市場で買い物をして、その帰りには、かならず駅に立ち寄って駅の冷いベンチに腰をおろし、買い物籠を膝に乗せ、ぼんやり改札口を見ているのです。上り下りの電車がホームに到着するごとに、たくさんの人が電車の戸口から吐き出され、どやどや改札口にやって来て、一様に怒っているような顔をして、パスを出したり、切符を手渡したり、それから、そそくさと脇目も振らず歩いて、私の坐っているベンチの前を通り駅前の広場に出て、そうして思い思いの方向に散って行く。私は、ぼんやり坐っています。誰か、ひとり、笑って私に声を掛ける。おお、こわい。ああ、困る。胸が、どきどきする。考えただけでも、背中に冷水をかけられたように、ぞっとして、息(いき)がつまる。けれども私は、やっぱり誰かを待っているのです。いったい私は、毎日ここに坐って、誰を待っているのでしょう。どんな人を? いいえ、私の待っているものは、人間でないかも知れない。私は、人間をきらいです。いいえ、こわいのです。人と顔を合せて、お変りありませんか、寒くなりました、などと言いたくもない挨拶を、いい加減に言っていると、なんだか、自分ほどの嘘つきが世界中にいないような苦しい気持になって、死にたくなります。そうしてまた、相手の人も、むやみに私を警戒して、当らずさわらずのお世辞やら、もったいぶった嘘の感想などを述べて、私はそれを聞いて、相手の人のけちな用心深さが悲しく、いよいよ世の中がいやでいやでたまらなくなります。世の中の人というものは、お互い、こわばった挨拶をして、用心して、そうしてお互いに疲れて、一生を送るものなのでしょうか。私は、人に逢うのが、いやなのです。だから私は、よほどの事でもない限り、私のほうからお友達の所へ遊びに行く事などは致しませんでした。家にいて、母と二人きりで黙って縫物をしていると、一ばん楽(らく)な気持でした。けれども、いよいよ大戦争がはじまって、周囲がひどく緊張してまいりましてからは、私だけが家で毎日ぼんやりしているのが大変わるい事のような気がして来て、何だか不安で、ちっとも落ちつかなくなりました。身を粉にして働いて、直接に、お役に立ちたい気持なのです。私は、私の今までの生活に、自信を失ってしまったのです。
 家に黙って坐って居られない思いで、けれども、外に出てみたところで、私には行くところが、どこにもありません。買い物をして、その帰りには、駅に立ち寄って、ぼんやり駅の冷いベンチに腰かけているのです。どなたか、ひょいと現われたら! という期待と、ああ、現われたら困る、どうしようという恐怖と、でも現われた時には仕方が無い、その人に私のいのちを差し上げよう、私の運がその時きまってしまうのだというような、あきらめに似た覚悟と、その他さまざまのけしからぬ空想などが、異様にからみ合って、胸が一ぱいになり窒息するほどくるしくなります。生きているのか、死んでいるのか、わからぬような、白昼の夢を見ているような、なんだか頼りない気持になって、駅前の、人の往来の有様も、望遠鏡を逆に覗いたみたいに、小さく遠く思われて、世界がシンとなってしまうのです。ああ、私はいったい、何を待っているのでしょう。ひょっとしたら、私は大変みだらな女なのかも知れない。大戦争がはじまって、何だか不安で、身を粉にして働いて、お役に立ちたいというのは嘘で、本当は、そんな立派そうな口実を設けて、自身の軽はずみな空想を実現しようと、何かしら、よい機会をねらっているのかも知れない。ここに、こうして坐って、ぼんやりした顔をしているけれども、胸の中では、不埒(ふらち)な計画がちろちろ燃えているような気もする。
 いったい、私は、誰を待っているのだろう。はっきりした形のものは何もない。ただ、もやもやしている。けれども、私は待っている。大戦争がはじまってからは、毎日、毎日、お買い物の帰りには駅に立ち寄り、この冷いベンチに腰をかけて、待っている。誰か、ひとり、笑って私に声を掛ける。おお、こわい。ああ、困る。私の待っているのは、あなたでない。それではいったい、私は誰を待っているのだろう。旦那さま。ちがう。恋人。ちがいます。お友達。いやだ。お金。まさか。亡霊。おお、いやだ。
 もっとなごやかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの。なんだか、わからない。たとえば、春のようなもの。いや、ちがう。青葉。五月。麦畑を流れる清水。やっぱり、ちがう。ああ、けれども私は待っているのです。胸を躍(おど)らせて待っているのだ。眼の前を、ぞろぞろ人が通って行く。あれでもない、これでもない。私は買い物籠をかかえて、こまかく震えながら一心に一心に待っているのだ。私を忘れないで下さいませ。毎日、毎日、駅へお迎えに行っては、むなしく家へ帰って来る二十(はたち)の娘を笑わずに、どうか覚えて置いて下さいませ。その小さい駅の名は、わざとお教え申しません。お教えせずとも、あなたは、いつか私を見掛ける。





--------------------------------------------------------------------------------

底本:「女生徒」角川文庫、角川書店
   1954(昭和29)年10月20日初版発行
   1968(昭和43)年2月5日44版発行
入力:網迫
校正:野口英司
1999年2月16日公開
2003年11月18日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



--------------------------------------------------------------------------------

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。


posted by うたたね at 19:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 太宰治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蘭郁二郎「舌打する」





とうとう竹久夢二さん&夢野久作さんの牙城が崩れましたwww



舌打する
蘭郁二郎



 チェッ、と野村は舌打をすることがよくあった。彼は遠い昔の恥かしかった事や、口惜(くや)しかったことを、フト、なんの連絡もなしに偲い出しては、チェッと舌打するのである。
(あの時、俺はナゼ気がつかなかったんか、も少し俺に決断があったら……)
 彼はよくそう思うのであった。けれど夢の中で饒舌であるように、現実では饒舌ではなかった。女の人に対しても口では下手なので、手紙をよく書いた。けれど矢っ張り妙な恥かしさから、彼の書いた手紙には、裏の裏にやっと遣る瀬なさを密(ひそ)めたが、忙しい世の中では表てだけ読んで、ぽんと丸められて仕舞った。
 又女の人と一緒に歩いても、前の日に一生懸命考えた華やかな会話は毛程も使われなかった。そして、彼はただ頷くだけの自分を発見して淋しかった。然しその時は、ただ一緒に歩くだけで充分幸福であるのだが、あとで独りになると、チェッと舌打するのである。
 小学校三年の時、一級上の女生徒と、なぜか一緒に遊びたかったけれど、言い出す元気もなく、その子の家の『小田』と書かれた表札を何度も読みながら、[#「、」は底本では「、、」]わざと傍目(わきめ)も振らず行ったり来たりして、疲れて家に帰った――そんな遠い遠い昔の事を不図(ふと)偲い出して、又チェッと舌打するのである。
 ……といって、野村は、爪を截りながら、私の顔を覗きこんだ。私は一寸、いやあな気持がして、
『誰でもさ……』
 とタバコの煙りと一緒に吐出した。





--------------------------------------------------------------------------------

底本:「怪奇探偵小説名作選7 蘭郁二郎集 魔像」ちくま文庫、筑摩書房
   2003(平成5)年6月10日第1刷発行
初出:「自由律」
   1932(昭和7)年8月号
入力:門田裕志
校正:川山隆
2006年11月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




--------------------------------------------------------------------------------

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
[#…]は、入力者による注を表す記号です。
傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました
posted by うたたね at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 蘭郁二郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夢野久作「懐中時計」





お久し振りですねwww



懐中時計
夢野久作



 懐中時計が箪笥の向う側へ落ちて一人でチクタクと動いておりました。
 鼠が見つけて笑いました。
「馬鹿だなあ。誰も見る者はないのに、何だって動いているんだえ」
「人の見ない時でも動いているから、いつ見られても役に立つのさ」
 と懐中時計は答えました。
「人の見ない時だけか、又は人が見ている時だけに働いているものはどちらも泥棒だよ」
 鼠は恥かしくなってコソコソと逃げて行きました。





--------------------------------------------------------------------------------

底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1923(大正12)年11月4日
※底本の解題によれば、初出時の署名は「土原耕作」です。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




--------------------------------------------------------------------------------

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
posted by うたたね at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢野久作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月15日

夢野久作「約束」




約束
夢野久作



「ある人が橋の下で友達に会う約束をして待っていた。そのうちに雨が降って水がだんだん深くなって、その人の胸まで来た。けれどもその人は約束を守って立っていた。そのうちに水はいよいよ深くなって、その人の口の処まで来た。けれどもその人は動かなかった。そのうちに水は口から鼻から眼まで来て、とうとうその人は溺れ死んでしまった。だから約束を守るのはわるい事だ」
 とある人が言いました。するとも一人の人がこう尋ねました。
「橋の下で溺れ死ぬ約束をしたのじゃないだろう。その人に間違いなく会うために約束をしたのだから、ほかのよくわかる処で待っていたっていいじゃないか」
「そうじゃない」
 と初めの人は言いました。
「大体、約束を守ると言う事は馬鹿な事なんだ」
 するとも一人の人がこう言いました。
「つまりお前は自分だけ約束を守らないで、ほかの人にだけ守って貰いたいのだろう」





--------------------------------------------------------------------------------

底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1923(大正12)年11月10日
※底本の解題によれば、初出時の署名は「香倶土三鳥」です。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




--------------------------------------------------------------------------------

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
posted by うたたね at 06:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 夢野久作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月14日

夢野久作「二つの鞄」





二つの鞄
夢野久作



 小さな鞄と大きな鞄と二つ店に並んでおりました。大きな鞄はいつも小さな鞄を馬鹿にして、
「お前なんぞはおれの口の中に入ってしまう」
 と冷かしました。
 二つの鞄は同じ時に同じ人に買われて、同じ家に行きました。すると小さな鞄の中にはお金や何か貴いものが詰められて、人間に大切に抱えられて行きます。大きな鞄はあべこべにつまらないものばかり詰められて、荷車に積まれたり投げ飛ばされたりしておりました。小さな鞄は大威張りで、
「大きな鞄の意気地なし」
 と笑っておりました。大きな鞄は大層口惜しがって、自分をいじめる人間を怨んでおりました。
 ある日大火事があってこの家の人が逃げ出す時、衣服と一緒に小さな鞄を大きな鞄の中に入れて逃げ出しました。大きな鞄はここで敵(かたき)を取ってやろうと思って、火事が済んだあとで人が開けようとすると、口をしっかりと閉じて中の小さな鞄を出すまいとしました。人間は大層困っていろいろやってみましたが、どうしても開きません。
「この鞄は駄目だよ。口を開かなきゃ鞄の役に立ちはしない。中の小さな鞄が入り用だからしかたがない。こうしてやろう」
 と言いながら横腹を切り破ってしまいました。





--------------------------------------------------------------------------------

底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1923(大正12)年11月20日
※底本の解題によれば、初出時の署名は「香倶土三鳥」です。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




--------------------------------------------------------------------------------

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
posted by うたたね at 04:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢野久作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月13日

夢野久作「電信柱と黒雲」







電信柱と黒雲
夢野久作



 電信柱が寒い風にあたってピーピーと泣いておりました。
 黒い雲が来て、
「何を泣いているのだえ」
「寒いからさ。お前のような雲が来るから寒いのだ。こちらへ来ないでくれ」
「おれが悪いのじゃない。風がわるいのだ。おれは風につれられて来るのだから」
「おれは黒いものが大嫌いだ。この間も鴉がとまって、アホーアホーとおれを笑った」
「それじゃこれはどうだ」
 と言ううちに白い雪をチラチラと降らしました。
 電柱はだまってしまいました。





--------------------------------------------------------------------------------

底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1924(大正13)年2月7日
※底本の解題によれば、初出時の署名は「香倶土三鳥」です。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




--------------------------------------------------------------------------------

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
posted by うたたね at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢野久作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月12日

夢野久作「狸と与太郎」

お久し振りですw
ねむらじでの罰ゲームということで、更新させていただきますw







狸と与太郎
夢野久作



 与太郎は毎日隣村へ遊びに行って、まだ日の暮れぬうちに森を通って帰って来ました。
「あの森は狸がいていろいろのものに化けるから、日の暮れぬうちに帰らぬと怖ろしいぞ」
 とお母さんが言いきかせているからです。
 ある日、太郎はうっかり遊び過ごして真暗になって帰って来ました。森の中に入ると、忽ち一丈もある位の一つ目入道が出ました。
「ヤア。大きな伯父さんが出て来た。眼玉が一つしかないんだね。面白いなあ。僕と一緒にうちへ遊びに来ないかい」
 と与太郎は言いました。一つ目入道は見ているうちにロクロ首になりました。
「ヤア。綺麗な首の長い姉さんになった。変だなあ。どうしてそんなに長くなるの。もっともっと長くして御覧」
 と言いました。ロクロ首は今度は鬼の姿になりました。
「オヤ、鬼になった。お節句の人形によく似てる。可笑(おか)しいなあ。もっといろんなものになって御覧」
 化け物は与太郎がちっとも怖がらないのでつまらなくなって、狸になってしまいました。それを見ると与太郎は真青になって、
「ワア狸が出たあ。化けると大変だ。助けてくれ」
 と言いながら一所懸命逃げて行きました。





--------------------------------------------------------------------------------

底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1923(大正12)年11月21日
※底本の解題によれば、初出時の署名は「香倶土三鳥」です。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
posted by うたたね at 02:28| Comment(0) | TrackBack(1) | 夢野久作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月04日

竹久夢二「日輪草」

今回はいつもと同じ音量で録音しましたが、マイクを変えたため、ねむたいろーどくでは大きな音で録音可能です。

もうちょっと、大きめの音で録音した方が聴き易いよね???
ご意見お待ちしていますw

また今回も噛んだり間違えて読んだりしてますが、勘弁してwww





日輪草
日輪草は何故枯れたか
竹久夢二



 三宅坂の水揚ポンプのわきに、一本の日輪草が咲いていました。
「こんな所に日輪草が咲くとは、不思議じゃあありませんか」
 そこを通る人達は、寺内(てらうち)将軍の銅像には気がつかない人でさえ、きっとこの花を見つけて、そう言合いました。
 熊吉(くまきち)という水撒(みずまき)人夫がありました。お役所の紋のついた青い水撒車を引張(ひっぱ)って、毎日半蔵門の方から永田町へかけて、水を撒いて歩くのが、熊さんの仕事でした。
 熊さんがこうして、毎日水を撒いてくれるから、この街筋の家では安心して、風を入れるために、障子を明けることも出来るし、学校の生徒たちも、窓を明けておいてお弁当を食べることが出来るのでした。
 熊(くま)さんは、情(なさけ)深い男でしたから、道の傍(そば)の草一本にも気をつけて、労(いた)わるたちでした。
 熊さんはある時、自分の仕事場の三宅坂の水揚ポンプの傍に、一本の草の芽が生えたのを見つけました。熊さんは朝晩その草の芽に水をやることを忘れませんでした。可愛(かあ)いい芽は一日一日と育ってゆきました。青い丸爪(まるづめ)のような葉が、日光のなかへ手をひろげたのは、それから間もないことでした。風が吹いても、倒れないように、熊さんは、竹の棒をたててやりました。
 だが、それがどんな植物なのか、熊さんにはてんで見当がつきませんでした。円い葉のつぎに三角の葉が出て、やがて茎の端に、触角のある蕾(つぼみ)を持ちはじめました。
「や、おかしな花だぞ、これは、蕾に角が生えてら」
 つぎの日、熊さんが、三回目の水を揚げたポンプのところへやってくるとその草は、素晴らしい黄いろい花を咲かせて、太陽の方へ晴晴(はればれ)と向いているのでした。熊さんは、感心してその見事な花を眺めました。熊さんは、電車道に立っている電車のポイントマンを連れてきて、その花を見せました。
「え、どうです」
「なるほどね」ポイントマンも感心しました。
「だが、なんという花だろうね、車掌さん」熊さんはききました。
「日輪草(ひまわりそう)さ」車掌さんが教えました。
「ほう、日輪草というだね」
「この花は、日盛りに咲いて、太陽が歩く方へついて廻(まわ)るから日輪草って言うのさ」
 熊さんはもう嬉(うれ)しくてたまりませんでした。熊さんは、永田町の方へ水を運んでいっても、早く日輪草を見たいものだから、水撒車(みずまきぐるま)の綱をぐんぐん引いて、早く水をあけて、三宅坂へ少しでも早く帰るようにしました。だから熊さんの水撒車の通ったあとは、いくら暑い日でも涼しくて、どんな風の強い日でも、塵(ほこり)一ツ立ちませんでした。
 太陽が清水谷(しみずだに)公園の森の向うへ沈んでしまうと、熊さんの日輪草も、つぼみました。
「さあ晩めしの水をやるぞい。おやお前さんはもう眠いんだね」
 熊さんはそう言って、首をたれて寝ている花をしばらく眺めました。時によると、日が暮れてずっと暗くなるまで、じっと日輪草をながめていることがありました。
 熊さんのお内儀(かみ)さんは、馬鹿(ばか)正直なかわりに疑い深いたちでした。このごろ熊さんの帰りが晩(おそ)いのに腹をたてていました。
「お前さんは今まで何処(どこ)をうろついていたんだよ。いま何時だと思っているんだい」
「見ねえな、ほら八時よ」
「なんだって、まああきれて物が言えないよ、この人は、いったいこんなに晩(おそ)くまでどこにいたんだよ」
「三宅坂よ」
「三宅坂だって! 嘘(うそ)を言ったら承知しないよ。さ、どこにいたんだよ、誰(だれ)といたんだよ」
「ひめゆりよ」
「ひめゆり! ?」
 熊(くま)さんは、日輪草(ひまわりそう)のことを、ひめゆりと覚えていたので、その通りお内儀(かみ)さんに言いました。それがそもそも事の起りで、熊さんよりも、力の強いお内儀さんは、熊さんを腰の立たないまで擲(なぐ)りつけました。
「草だよ、草だよ」
 熊さんがいくら言訳をしても、お内儀さんは、許すことが出来ませんでした。
 翌日(あくるひ)は好(い)い天気で、太陽は忘れないで、三宅坂の日輪草にも、光と熱とをおくりました。日輪草は眼(め)をさましましたが、どうしたことか、今日は熊さんがやって来ません。十時になっても、十二時が過ぎても、朝の御馳走(ごちそう)にありつけませんでした。日輪草は、太陽の方へ顔をあげている元気がなくなって、だんだん首をたれて、とうとうその晩のうちに枯れてしまいました。





--------------------------------------------------------------------------------

底本:「童話集 春」小学館文庫、小学館
   2004(平成16)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「童話 春」研究社
   1926(大正15)年12月
入力:noir
校正:noriko saito
2006年7月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
posted by うたたね at 16:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 竹久夢二 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月28日

竹久夢二「最初の悲哀」





最初の悲哀
竹久夢二



 街子(まちこ)の父親は、貧しい町絵師でありました。五月幟(ごがつのぼり)の下絵や、稲荷(いなり)様の行燈(あんどん)や、ビラ絵を描(か)いて、生活をしているのでありました。しかし、街子はたいそう幸福でした。というのは、父親は街子を、このうえもなく愛していたし、街子もまた父親を世の中で一番えらくて好(い)い人だと思っていました。母親が早くなくなったので、街子は小学校を卒業すると、家(うち)にいて、父親のため朝夕の食べものをつくったり、洗濯をしたり、夜おそく父親が仕事をするときに、熱いお茶を入れたりしました。家の外を風が吹くように、貧しいことなどは、ちっとも苦労ではありませんでした。
 父親も街子も、ほんとに幸福(しあわせ)そうでありました。
 何よりも好(よ)いことに、街子は父親の仕事を好きなばかりでなく、父親の技倆(ぎりょう)を尊敬さえしていたことです。
 ところが街子にとって、容易ならぬ悲(かなし)みが一つ出来たのであります。それは稲荷様の祭の日のことでありました。毎年の習(ならい)で、ことしも稲荷(いなり)様の境内から町内の掛行燈(かけあんどん)の絵は、みんな街子(まちこ)の父親が描(か)いたのです。地口行燈と言って、おどけた絵に川柳など添えてかいてあるもので、通る人は一つずつそれをよんで見て喜んでいました。仕立おろしのセルをすらりときた若い奥様に、「どうだ、愉快だね。こんな風な絵は国宝だよ」そう言って見てゆく旦那(だんな)様もありました。
 街子はそれをきいてこのうえもなく幸福(しあわせ)で、「それはあたしの父さんが描いたんですよ」そう言いたいほどでした。
 ところが街子とおんなじ年に小学校を出て、いまは女学校へ上(あが)っているお友達が三人、やはり地口行燈のまえに立っていました。街子はなつかしくて傍(そば)へよってゆきました。するとその時、三人はどっと笑い出しました。
「なんて古くさい絵でしょう」
「馬鹿(ばか)にしてるわ」
「この眼(め)はどうでしょう」
 そんなことを言いながらまたころげるように笑っていました。
 それを聞いた哀れな街子は、人の影へかくれるようにしながら、家(うち)の方へ駈(か)け出しました。それが街子の最初の悲(かなし)みでありました。





--------------------------------------------------------------------------------

底本:「童話集 春」小学館文庫、小学館
   2004(平成16)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「童話 春」研究社
   1926(大正15)年12月
入力:noir
校正:noriko saito
2006年7月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
posted by うたたね at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 竹久夢二 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする